2017年9月3日日曜日

知の仕事術/池澤夏樹

まるで、立花隆の「知のソフトウェア」のような印象のタイトルの本を、池澤夏樹が書いていることへの好奇心から買ってみた。

冒頭、「自分に充分な知識がないことを自覚しないままに判断を下す」ような社会の大きな変化が目立ってきており、本書は、反・反知性主義の勧めであること、
その知の継承のため、今まで自分の仕事場を公開してこなかったが、規制を緩めて自分の「知のノウハウ」を公開すること、が述べられている。

以下の章立てで、作者のノウハウが述べられているが、印象に残ったところだけ、軽く取り上げてみる。

1 新聞の活用
 その新聞が作った世界の図を、批判の姿勢で受け入れていく。「それはちょっと違うぞ」と思いながら、いわば対話しながら読んでいく。

2 本の探しかた
 新聞広告、書評のほかに、各出版社が出しているPR詩を購読するのがよい(年間購読でも送料込みで1000円程度)

3 書店の使いかた
 日本全国900軒の古本屋、古書店が参加している日本の古本屋が便利。
 
4 本の読みかた
 古典を読むのは知的労力の投資だ。...しかし、たいていの場合、この投資は実を結ぶ。

5 モノとしての本の扱いかた
 どんな本でもいずれ手放すと意識をして扱う。6Bくらいの太くて軟らかい鉛筆で、気になる箇所にマーキングする。消そうと思えば容易に消せるくらい。

6 本の手放しかた
 ストックの読書とフローの読書。死ぬまで置いておく不変のストックである本と、読まれて次の読者のところへ流れてゆくフローの本。

7 時間管理法
 ワードファイルで「月間管理表」を作る。過去の仕事の記録は全部残しておく。

8 取材の現場で
 知らない所に行くときのガイドブックは「Lonely Planet」

9 非社交的人間のコミュニケーション
 小説を書くために人に会って話を聞くことはほとんどない。専門知識はすべて書物とインターネットで集め、現場踏査を行う。

10 アイディアの整理と書く技術
 最初に書いた原稿からの変更箇所が一目でわかるように修正を入れたゲラと同様のデータをつくっておく。

11 語学学習法
 語学の習得にはなにより「分量」をこなすことがものをいう。そういう意味では「暇」は絶対的に大事。
 
12 デジタル時代のツールとガジェット
 英語圏にあって日本にないのが「引用句辞典」。食事の席の話題にしたり、自分の文章をちょっと飾ったりするときに使う。(トイレに置いておくのに最適)

と並べてみたが、丸谷才一から毎日新聞の書評欄の顧問を任されたときの話や、林達夫とガイドブック「Lonely Planet」を交換した時の逸話、父の福永武彦と議論した限定本に関する考え方の違いなど、興味深いエピソードも読ませるものがある。

池澤夏樹が自分で作った書棚の写真が一部だけだが掲載されているところも興味深い。


2017年9月2日土曜日

The History of the Decline and Fall of the Galactic Empire 円城塔 近現代作家集 III/日本文学全集28

邦訳すると「銀河帝国衰亡史」とでも言うのだろうか。

アイザック・アシモフのSFにも、このようなタイトルの小説があるが、この作品は、SFとはまるで無縁の作品だ。

また、この作品は99の短文いう構成になっており、一見、カフカのアフォリズム集のようでもあるが、どれも箴言という深みもない。

例えば、こんな感じ。
81:家の前に野良銀河帝国が集まってきて敵わないので、ペットボトルを並べてみる。
「銀河帝国」という大仰な印象を受けるワードを、日常の文章に埋め込み、そのギャップとナンセンスを楽しんでいる作品だ。

読む人によって、評価は分かれると思う。
くだらないと思う人もいれば、傑作だと思う人もいるだろう。

一時期(今も?)、ケータイ小説なるものがはやったが、もし、私が、この作品を見かけたら、ついつい購読してしまうような気がする。

池澤夏樹が編集した日本文学全集の「近現代作家集」は、この作品で幕を閉じる。
最初から最後まで、型破りの作品の連続だった。



2017年9月1日金曜日

三月の毛糸 川上未映子 近現代作家集 III/日本文学全集28

仙台で暮らす妊娠8か月の妻と夫。
実家の島根から帰る際、妻から京都に寄りたいと突然言い出す。

何かに不安といら立ちを抱えている妻との会話に、半ば疲れ、頻繁に睡魔に襲われる夫。

二人がホテルで寝ている時に、妻は、毛糸で生まれてくる子供の夢を見た話ををする。

「その世界では三月までもが毛糸でできあがっているのよ」

「いやなことがあったり、危険なことが起きたら一瞬でほどけて、ただの毛糸になってその時間をやりすごすのよ」

そして、妻は泣き出す。
「何かとんでもないことがわたしたちを待ち受けているんじゃないかしら」と。

おそらく、二人は三月に旅しているのだろう。
そして、妻の携帯には、友人から地震大丈夫かとのメールが来る。

この状況から考えると、おそらく、この話は、あの日のことで、まだ事実を知らない状態なのだろう。

ただ、上記のように、妻はすでにその予兆を感じている。
そして、夫も、「明日は大変な一日だよ」と妻に告げ、二人はふたたび深い眠りに落ちる。

何かを喪失する前の予兆を描いた作品。

二人は深い眠りから覚めて、あの事を知って、毛糸のようにやり過ごすことができたのだろうか。
そして、二人が仙台に帰る時はいつになったのだろうか。