詩人の伊藤比呂美がまとめたエッセイとお経、その現代語訳、著者朗読のCDが付いているという複合型の本だ。
伊藤比呂美は、自身の家族の死を通し、さまざまなお経を読むうち、お経というものは、その昔、ブッダの仏教から大乗仏教というものが派生して、人々が町々の辻々で語って広めて歩いたものだから、語り物として聞いて面白いように作ってあるということに気づく。
舞台がある。観客がいる。いきいきとした対話がある。その対話を聞いている大勢の人々が背景にいる情景が目に浮かぶと。
その解釈から現代語訳された「般若心経」は読んでいて面白かった。
薄暮れの川のほとり、三十~四十人の聴衆がいて、川の向こうではブッダが瞑想中。その川のほとりの階段で観音菩薩が修行者の舎利子(シャリープトラ)に語りかける設定にしたことで、「般若心経」は一つの物語になった。
一つの物語になっただけではなく、観音菩薩はダンスを踊りながら、無い、無いづくめのシンプルで強力な哲学論議をリズムに載せて展開している。
そして、観音の一言一言に、聴衆を代表した舎利子が、驚き、戸惑い、怒り、動揺し、やがて理解するプロセスが描かれている。
最後の「羯諦羯諦波羅羯諦波羅僧羯諦菩提薩婆訶」を、そのまま「ぎゃーてい、ぎゃーてい...」と読み上げるのだが、ことばの響きの力強さが伝わってくる。
読んでいて、心がすっきりと晴れ上がっていくような気分になる。
他のお経も興味深かったが、この「般若心経」は、とびぬけて素晴らしかった。
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