2021年9月20日月曜日

かかとを失くして/多和田葉子

この作品は、作者が初めて日本語で書いた小説ということだが、最初の題名は「偽装結婚」だったという。

「かかとを失くして」と「偽装結婚」。

前者のタイトルで読むと、外国の街で暮らし始めた女性が感じる周囲との異和感(その象徴としての欠けている「かかと」の不安定さ)が物語のメインテーマになるし、後者のタイトルで読むと、「書類結婚」という怪しげな方法で結婚した女性が、同じ家にいるはずなのに一向に姿を現わさない夫や、学校教師や病院の人々と繰り広げる奇妙なカフカ的な世界が前面にでてくるような気がする。

しかし、おそらく二つのテーマがお互いにねじり飴のように一つの作品に同居していると言ったほうが正しいかもしれない。

この奇妙な世界は、カフカの作品と同質であると言ってしまうのは簡単だが、それだけとは言い切れない。例えば、主人公が列車の旅でゆで卵を持っていたのに対し、この街では卵を縦に食べるために卵立てという道具が使われていることが説明され、主人公が異なる文化圏に足を踏み入れたことが具体的に明示されている点だ。

この前者「かかとを失くして」のテーマは、作者のほとんどの作品に通底しているような気がする。
ただ、日本語のデビュー作で、いきなり、こんな複雑な作品を書いていたことには驚いた。


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