2020年6月26日金曜日

卍/谷崎潤一郎

谷崎四十二歳の時に発表された、実に野心的で力に満ちた作品である。

四十歳で関西に移住し、そこでおそらくは全身で感じたであろう女性の魅力的な関西弁の話し言葉。彼にとっては実に新鮮だったに違いない。

二人の女性 園子と光子の間で交わされる愛憎に満ちた会話は、上方言葉によって、あざといと感じるくらいの女らしいにぎやかさと愚かさを感じさせる。

これを例えば東京言葉で表現したら、作品の魅力は半分ぐらい消し飛んでしまうのではないだろうか。

とにかく、谷崎が楽しくて楽しくて仕方がないというくらいの勢いで書いたのではないかと思われるほど、前半の二人の会話は活き活きとしている。

しかし、この作品は中盤から少しずつ影が濃くなってくる。
それは、他愛もない自分の恋愛に関する約束事を契約条項のような文言に仕立てて誓約書に書き、自分の恋人やその恋人を取り合う相手に署名させ、時には血判を押させて、相手の考えや行動を束縛しようとする綿貫という病的な男の影である。

そして実は綿貫より徹底的に恋愛に束縛と隷属を求めていたのは光子だったという結末は、読んでいてぞっとするような気分になるのも事実だ。
前半の一見明るさに満ちたやり取りの後ろに、こんなに濃い影が潜んでいたのかという思いがする。

まるで「陰影礼賛」のような話だが、二人の女性や男との性的な描写も間接的に仄めかす程度に抑えているのも、この作者らしい。

今は何でも赤裸々にしてあっという間に興が冷めるが、実はこういう隠し方が想像力を刺激する一番淫靡なやり方だと思う。



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