関屋は、「蓬生」同様、光君が過去に関係を持った空蝉の話だ。
彼女は、夫の常陸介とともに任地に下ったが任期が終わり、京に戻ることになる。そのタイミングで、何の因果か、逢坂の関で、願掛けに来た光君の一行と出会ってしまう。
早速、空蝉に手紙を渡し、関係を再び持とうとする光君は、相変わらずの腰の軽さ。
空蝉も光君のことが忘れられないようで返事を書いたりするが、旦那が死んでしまい、その義理の息子から冷たくされたり、言い寄られたりで、結局、尼になってしまう。
この原因を作った言い寄った義理の息子が出家した彼女を心配するのを「まったくいらぬおせっかいというもの」と切り捨てる紫式部。
こういう継母に言い寄る義理の息子みたいな俗な話がこの時代にもうあったというのが面白い。
絵合は、光君と因縁めいた男女の関係だった六条御息所の娘 前斎宮を、帝の冷泉帝に輿入れさせる話から始まる。帝にはすでに光君と敵対していた弘徽殿大后の孫娘であり、光君と友人のような関係にあった頭中将の娘である弘徽殿女御がいる。
この閨閥めいた関係は、前斎宮と弘徽殿女御がともに絵合せで競い合うという状況に発展する。意地になる頭中将と、それを笑いながらも光君も自身が描いた絵を前斎宮に供出する。結局、光君が須磨に流されたときに書いた絵が皆の評判をさらい、前斎宮の側が勝ちを収める。
面白いのは、途中、「竹取物語」や「伊勢物語」「宇津保物語」など、「源氏物語」の前に成立していたと思われる物語の名前が出てくるところ。我々が本の挿絵や表紙の絵をみるように、当時の人々も物語のイメージを絵で補っていたのかもしれない。
しかし、この権勢が絶頂と思われる光君が、「静かに引きこもって、後世のために勤行に励んで、そして長生きもしよう」と思うところは、面白い。
栄華を極めていると、やがて没落して、死んでしまうのではないか、という恐怖心がよぎってしまう人間の弱さは、千年も前の人間も今と同じだったのかもしれない。
(写真は、小石川植物園で偶然見つけた花 光源氏)
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