この本を読んでみようと思ったのは、文藝別冊の「須賀敦子の本棚」で、須賀敦子が書評で取り上げていた文章を読んだからだ。
その中で、「彼にはめずらしい、素顔のような率直さで語られている」という感想が述べられているが、私も似たような印象を抱いた。
この本は、ボルヘスが一九七七年に七夜に渡ってブエノスアイレスで行った講演が収められているが、そのストレートで明るいトーンの語り口は、「幻獣辞典」の作者は、こんな人だったのだろうかと思わせるものがある。
ただし、取り上げている七つのテーマは、「神曲」「悪夢」「千一夜物語」「仏教」「詩について」「カバラ」「盲目について」と、ボルヘスらしいものを感じる。
私が印象に残ったのは、以下の内容。
一つは、ボルヘスが見る「悪夢」の内容。
見知らぬ友人の手が鳥の足に変化していた夢や、彼の寝ている傍に、遠い昔のノルウェーの王がたたずんでいる夢に彼が恐怖を覚えたこと。
ボルヘスは、夢をもっとも古い芸術活動と呼んでいる。
そして、「千一夜物語」では、ボルヘスが考える東洋(オリエンテ)は、イスラム圏であり、その代表が「千一夜物語」であるということが明かされている。
(日本にとってみれば、イスラムが東洋という印象は薄い)
「カバラ」という聞きなれないことば。
これは、聖書が絶対的テクストであり、絶対的テクストにおいては偶然の仕業は何ひとつありえない、という考えに基づいているというもの。
通常は音から文字が生まれたという考え方だが、「カバラ」では文字が先であり、神が道具にしたのは、文字であって、文字によって意味を成す言葉ではないという奇妙な考え方だ。
このような聖書の教義があるとは知らなかった。
「盲目について」では、自身の盲目から生じる世界の色について述べられていて、興味深い。彼によると、盲人に欠けている色は「赤と黒」だという。そして、ボルヘスの場合は、黄色と青(もしくは緑)が現れる「居心地の悪い世界」に暮らしているという感想を述べている。
しかし、ボルヘスは「芸術家の仕事にとって、盲目はまったくの不幸というわけではない。それは道具にもなりうるのです。」と語っており、試練を前向きに捉えることができた人だったようだ。
難しいことを言ってるのだがそう思わせない口調の柔らかさが伝わってくる文章に誘われ、ついつい読み切ってしまった。
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