個人的な感想としては、この本は“買い”である。
仏教の説話文学を集めたという本書であるが、片苦しい雰囲気なのは、鴨長明の「発心集」だけで、他の作品には、性の猥雑さが放胆に力強く溢れている。
なかでも、町田 康が訳した「宇治拾遺物語」は、群を抜いて面白い。
私は、電車の中で読んでいて、何度か爆笑しそうになるのを堪えるのが辛いほどだった。
こぶとり爺さんの原作と思われる「奇怪な鬼に瘤を除去される」(鬼に瘤取らるる事)の鬼の会話が、まるで今風のヤンキーの言葉づかいなのも笑えるが、
*町田康訳「奇怪な鬼に瘤を除去される」(『宇治拾遺物語』より)
極めつけは、「中納言師時が僧侶の陰茎と陰嚢を検査した話」(中納言師時、法師の玉茎検知の事)と、「藤大納言が女に屁をこかれた」(藤大納言忠家物言ふ女放屁の事)だろうか。
とにかく性の猥雑さと馬鹿馬鹿しさに溢れた鎌倉時代初期の物語を、今の世に生き生きと復活させた町田 康に拍手を送りたい。
ただ、 この「宇治拾遺物語」のインパクトが強すぎて、残りの物語の印象が薄まってしまったのは実感としてある。
とくに、「宇治拾遺物語」の後に控える長明の「発心集」に至っては、長明の「まとめ」のことばを読んでいると、なにを「真面目くさって」という反感のようなものさえ、湧いてくる始末だった。
(日本霊異記(平安時代初期)も、最後のほうで仏法の理を説くが、語り口がすぱっとしていて、読んでいて心地よい)
話の面白さとしては、やはり、今昔物語(平安時代末期)が粒ぞろいのような気がする。
芥川龍之介の「藪の中」の元ネタである「大江山の藪の中で起こった話」(妻を具して丹波国に行く男、大江山において縛らるること)をはじめとして、物語として読ませるものが多い。
ちなみに、この「今昔物語」については、水木しげるのマンガ「今昔物語」もある。
本書には収められていないが、「かぶら男」や、「安倍晴明」(映画「陰陽師」の)、「引出物」(谷崎の「少将滋幹の母」の元ネタと思われる)など、楽しめるものが多いので、興味がある人はぜひ。
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