集英社の編集者が、丸谷才一の死後、残された書評、エッセイ、挨拶の文章などをとりまとめた一冊だが、丸谷才一の今までの仕事が一望できる集大成的な内容になっている。
愛読者からすると、「そうそう、こういうテーマ、人物が好きだったよな」とか、「こういう切り口で自分の考え方を膨らませていく人だったよな」とか、「中身が詰まっている挨拶だな」とか、懐かしく思うところが多い。
小説における王族の扱いに関して、ジョイスのユリシーズ
日本の自然主義小説に関して、ヨーロッパの十八世紀と十九世の比較
石川淳に関して、永井荷風の古典主義
吉田健一の趣味、文章に関しての肯定、河上徹太郎との関係
戦後の日本人に関して、大岡昇平の「野火」の引用
吉行淳之介、和田誠、辻静雄に関して
小林秀雄の批評に関する批判
谷崎潤一郎の中編小説に関する考察
そして、王朝和歌への興味
歴史的仮名づかいに代表される国語改革への批判、日本語への興味
吉田秀和に代表される音楽への興味
そして、読者に読ませたいと思わせる充実した書評
最後に、手本となるような数々の挨拶
329ページ程度のボリュームなのに、これだけ幅広いテーマで内容が濃い文章を書けたのは、やはり、丸谷才一ぐらいかなと思ってしまう。
読後、印象に残ったものとしては、
芥川龍之介の早すぎた死を優しく正当化した「完璧なマイナー・ポエット」
吉田健一の飲食(今でいうグルメ?)に関するエッセイを取り上げた「幸福の文学」
平成の年号を論じた「タヒラナリ」
文化勲章を受けて、天皇にお礼を述べる文章(宮内庁作成)を添削したエピソード「御礼言上書を書き直す」
小澤征爾×村上春樹 「小澤征爾さんと、音楽について話をする」の書評
氏の実質最初の小説「笹まくら」が発表当時、あまり反響がなくがっかりしたけれど、後年、村上春樹や池澤夏樹が、この作品の意義を述べていて嬉しかったというエピソードがある「未来の文学を創る」など。
どれも興味深い。
改めて思ったのは、丸谷才一という小説家兼批評家のおかげで、西洋文学、また、日本の古典文学との関係性のなかで、日本文学というものの位置づけがずいぶんと明確になったということ、また、次世代の日本を代表する作家たち(村上春樹や池澤夏樹)に色々な影響を与えたこと、分かりやすい美しい日本語で、一般読者の文学への関心と受け皿の容量を大きく引き上げたということだ。
そして、一言でいえば暗いじめじめした印象の日本文学の主流を、明るい理知的なものに方向転換させてしまったキーマンだったのでは。
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