2013年7月15日月曜日

黒のヘレネー/山岸涼子 カッサンドラ/ヴォルフ

山岸涼子の作品「黒のヘレネー」は、トロイア戦争にまつわるギリシア神話をテーマにしている。

ギリシアのスパルタ王メオラオスの妻で絶世の美女といわれたヘレネーと、その姉であるクリュタイムネストラの姉妹間の確執。

ヘレネーは誰からも愛されるが、地味で陰気なクリュタイムネストラだけは、ヘレネーには本当の優しさがないことに気づいている。

ヘレネーが若く美しいトロイアの王子パリスとともにギリシアを逃げ去ってしまったことをきっかけに、トロイア戦争が起こる。

もともと、パリスは、トロイア全土を燃やしてしまうという不吉な予言を背負った若者であった。
パリスがヘレネーを自分の家族に紹介するときに、ヘレネーに、クリュタイムネストラのような視線を投げかける女性がいた。パリスの姉(妹という説もある)カッサンドラだ。

カッサンドラは、ヘレネーを見て「その女のまわりは禍々しい黒いものでいっぱいだ。この女は我々に不幸を運んできたのだ」と告げる。

十数年の戦争により、トロイアは陥落する。
数々の勇士が死に、彼女の兄たちも死に疲弊したギリシアに、ヘレネーは帰るが、彼女には反省の念はない。

そんなヘレネーの前に、老いさばらえたクリュタイムネストラが現れる。
クリュタイムネストラは、ヘレネーに、トロイア戦争の際、荒れる海を鎮めるため、夫の独断で自分の娘が生贄に捧げられたことを告げる。そして、自分はたった今、夫のアガメムノンを殺害してきたことを告白する。

クリュタイムネストラは、ヘレネーを刃にかけ、カッサンドラの予言どおり、ヘレネーは禍々しい黒いものに意識を覆われながら死んでいく。

1979年の少女漫画だが、よくできた物語だと思う。

ヴォルフのカッサンドラを読んでみたかったのは、明らかにこの「黒のヘレネー」が頭に残っていたからだ。

作品を読んで意外だったのは、カッサンドラが女神ヴィーナスと比較されるほど、美しい女性として描かれているところだ。

カッサンドラが予言者になったのは、この美しさのせいで、アポロン(物語では青銅の肌をした冷酷でぞっとする瞳の神)が彼女を見初め、予言の力を与える代わりに、自分の恋人になれという約束をしたことによる。

しかし、カッサンドラはアポロンとの約束を破り、怒ったアポロンは、予言の力を与えるが、同時に誰もその予言を信じないようにする呪いをかける。

トロイア戦争のあの有名な「木馬」についても、カッサンドラだけがその策略に気づく。しかし、誰も彼女を信じない。

敗戦後、カッサンドラは、クリュタイムネストラの夫であるアガメムノンの性的奴隷として、ギリシアに連れて来られる。そして、城に入れば、アガメムノンも自分も殺害されることに気づいている。しかし、その予言も誰も信じない。

この物語では、ギリシアの名将といわれたアキレスが残忍な殺戮者として描かれ、カッサンドラの兄弟姉妹が殺される様子も、美しい妹がアキレスを罠にはめる様子も、戦争の醜さという視点が浮かび上がる。

ヴォルフは、東西ドイツ統合前の東ドイツに住み、東ドイツの政策を、西側の視点で批判し続けていた自分自身をカッサンドラに重ね、この作品を書いた。

ギリシア神話の面白さが、リアルに伝わってくる二作品だ。

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