しかし、私はこの本を今までまともに読んでいなかった。
昔、創元推理文庫で、双葉十三郎訳の「大いなる眠り」を読んでみたのだが、清水俊二訳に慣れ親しんだ者からすると、文章や言葉づかいに違和感を感じてしまい、読むのを途中で止めてしまったのだ。
チャンドラーのミステリーはあらすじも込み入ったものが多いが、それを根気よく理解しようとする読者を引っ張っていく力は、やはり、チャンドラーの独特の文章と、フィリップ・マーロウら登場人物の気の利いた台詞の魅力だろう。
「大いなる眠り」を村上春樹訳で読むのは、清水俊二の死後、チャンドラーファンの私にとっては、ひとつの夢だった。
文体といい、チャンドラーへの訳者としての理解という点からも、村上春樹が現時点で望める最良の訳者であることは間違いないと思う。
彼が、「ロング・グッドバイ」からはじまり、「さよなら、愛しい人」「リトル・シスター」と次々と新訳を発表しているのをみて、いつか出すだろうと思っていたので、表紙を見たときには、とても嬉しかった。
最初の長編ということで、マーロウ自体もまだ若いなという印象があるが、それでも、独特の皮肉っぽいマーロウ(チャンドラー)の観察眼や、洒落た台詞、感傷的な文章を読んで、久々に、フィリップ・マーロウに再会したなという実感を覚えた。
旧訳と比較すると、物語の意味合いが大きく変わるほど、異なっている部分があったが、新訳のほうが、明らかに物語の深みが増していると思う。
マーロウが出てくる他の長編作品と比較しても、十分遜色がないものだ。
しかし、最初の長編で、いきなり、こんな完成度の高い作品を書くことができたのは、やはり、チャンドラーが優れた作家であったことを証明していると思う。
0 件のコメント:
コメントを投稿