これまた、思い切った訳である。
方丈記が、まるで、外国人のヒッピーが書いたような体裁になっている。
タイトルからしてすごい。
方丈記 Mobile House Dairies (以下、本文ではカタカナ表示)
章題も、洋画と洋楽の名前みたいだ。
1. River runs through it
流れる川の泡粒のように、人間の営みも絶えず変わってゆく
2. Back draft
西暦1177年 キョウトでの大火事。首都のおよそ三分の一は焼け野原に
3. Twister
西暦1180年 ナカミカド道路のキョウゴクあたりで発生した竜巻の被害
4. Metro police
西暦1180年 福原遷都で混乱する人々の様子
5. Hungry?
西暦1181年 まる2年続いた大飢饉で街中に溢れる遺体
6. Armageddon
(西暦1185年)に発生した大震災の様子
7. Mind game
どんな風に生きてゆけば、安らかな気持ちになれるのか
8. My way
不安だらけけの人生。何の未練もなく50歳で出家
9. Making of Mobile House
60歳で4畳半しかない家を建てた
10. Nostalgia
琵琶の演奏、自分にために、自分で歌い、自分で弾いて、「虚無」に陥らないように
11. Into the wild
社会から遠ざかった隠遁生活 山の風景
12. Are you lonesome tonight?
おだやかな「こころ」がなければ、なんの意味もない
13. All that NAMUAMIDABUTSU
ずいぶんと長く生きたような気がする。だが、それも、もうすぐ終わり
でも、高橋源一郎が、何故、これだけ、ポップな訳にしたのか、分かるような気がする。
内容が、あまりにも隠者の無常感が漂っていて、ネガティブな印象が強いからだ。
これを真面目な硬い文章で読むのは、おそらく、相当つらい作業のような気がする。
2016年12月5日月曜日
2016年12月4日日曜日
徒然草 内田 樹 訳/日本文学全集07
内田 樹氏が、どんなふうに、あの「徒然草」を訳するのだろうと、この日本文学全集の刊行が決まった時から期待していたが裏切られることはなかった。
兼好法師が望んでいた人生観、すなわち、上品な趣味でありながら、思慮があり、無駄のない、歯切れのよさが、文体に現れていると思う。
序段の訳文が、バシッと決まった感がある。
知人からも、へそまがり(31段)とか、鈍感(238段)と言われながらも、そういった人々との交わりを断らず、ほどほどの距離を保ちながら、人々の生活の様子を冷静に観察していた老人の姿が浮かび上がってくる。
色欲について愚かなものと断じながら、「若い女の手足の肌がつるつると脂が乗っているのを見」て、「私だってちょっとくらいはくらくらするかも知れない」と本音を明かしたり(7段)。
女について、「心はねじくれ、我執は強く、貪欲は甚だしく、ものの理がわからず」と、甚だ貶しておきながら、「とはいえ、もし賢女というものが存在するなら、なんとも取り付く島のない、味気ない女に違いない」と話をひっくり返したり(107段)。
酒は万病の本と非難しつつも、「やはり酒飲みというのはおかしいもので、その罪は許さねばならぬ」とフォローにまわったり(175段)。
ある尊い聖のことばを一条ずつ書き付けていたが、「この他にもいろいろあったが、忘れた」と中途半端に終わったり(98段)。
これらの何とも曖昧な、人間的な寛さが、「徒然草」の面白さなのかもしれない。
また、 他人の生活に対する強い好奇心も、執筆のエネルギーになっていることも間違いない。
人里離れた庵までの私道に足を踏みいれ、その俳味を味わいつつも、柑子(ミカン)の木に柵がしてあることにがっかりしたり(11段)、たまたま通りがかった家の庭に足を踏み入れ、美貌の男が文を読んでいる姿を覗き見て、何者だろうと思いをめぐらしたり(43段)。
読んでいて、一際、面白かったのは、訳者の内田氏自身述べているが、「変な話」の分野である。
芋頭を好んていた僧が病になり、十四日間、「思うさまよい芋頭を選んでこれを貪り食って万病を直した」話(60段)や、召使いの乙鶴丸が、親しくなった「やすら殿」について、主人に尋ねられ、「どうなのでしょう。頭を見たことがありませんので」と答え、兼好が「どうすれば頭だけ見ずにいられるのか」と一人つっこみする話(90段)や、「ぼろぼろ」という仏教徒?の決闘の様子(115段)など。
兼好法師は、鎌倉時代末期に、この「徒然草」を書いたらしいが、この新訳を読むと、一挙に、彼の存在が身近に感じられる。
兼好法師が望んでいた人生観、すなわち、上品な趣味でありながら、思慮があり、無駄のない、歯切れのよさが、文体に現れていると思う。
序段の訳文が、バシッと決まった感がある。
ひとり閑居して、一日硯を前に、脳裏に去来することを思いつくままに書き綴っていると、自分では制御できない何かが筆を動かしているようで、怖い。そんな文体で再現された243段に渡るエッセイから浮かび上がってくるのは、兼好法師という、俗世を離れたといいながら、その俗世に強い(どちらかというとしつこいくらい)関心を持ち続けた、批評家的な色合いが強い知識人の性格である。
知人からも、へそまがり(31段)とか、鈍感(238段)と言われながらも、そういった人々との交わりを断らず、ほどほどの距離を保ちながら、人々の生活の様子を冷静に観察していた老人の姿が浮かび上がってくる。
色欲について愚かなものと断じながら、「若い女の手足の肌がつるつると脂が乗っているのを見」て、「私だってちょっとくらいはくらくらするかも知れない」と本音を明かしたり(7段)。
女について、「心はねじくれ、我執は強く、貪欲は甚だしく、ものの理がわからず」と、甚だ貶しておきながら、「とはいえ、もし賢女というものが存在するなら、なんとも取り付く島のない、味気ない女に違いない」と話をひっくり返したり(107段)。
酒は万病の本と非難しつつも、「やはり酒飲みというのはおかしいもので、その罪は許さねばならぬ」とフォローにまわったり(175段)。
ある尊い聖のことばを一条ずつ書き付けていたが、「この他にもいろいろあったが、忘れた」と中途半端に終わったり(98段)。
これらの何とも曖昧な、人間的な寛さが、「徒然草」の面白さなのかもしれない。
また、 他人の生活に対する強い好奇心も、執筆のエネルギーになっていることも間違いない。
人里離れた庵までの私道に足を踏みいれ、その俳味を味わいつつも、柑子(ミカン)の木に柵がしてあることにがっかりしたり(11段)、たまたま通りがかった家の庭に足を踏み入れ、美貌の男が文を読んでいる姿を覗き見て、何者だろうと思いをめぐらしたり(43段)。
読んでいて、一際、面白かったのは、訳者の内田氏自身述べているが、「変な話」の分野である。
芋頭を好んていた僧が病になり、十四日間、「思うさまよい芋頭を選んでこれを貪り食って万病を直した」話(60段)や、召使いの乙鶴丸が、親しくなった「やすら殿」について、主人に尋ねられ、「どうなのでしょう。頭を見たことがありませんので」と答え、兼好が「どうすれば頭だけ見ずにいられるのか」と一人つっこみする話(90段)や、「ぼろぼろ」という仏教徒?の決闘の様子(115段)など。
兼好法師は、鎌倉時代末期に、この「徒然草」を書いたらしいが、この新訳を読むと、一挙に、彼の存在が身近に感じられる。
2016年11月27日日曜日
ザ・議論!/井上達夫、小林よしのり
副題には、「リベラル VS 保守」と書かれているが、「リベラル」とは何か、「保守」とは何かを、すぐに説明できる人は、そうはいないのではないか。
法哲学者の井上達夫氏が語る「リベラル」は、かなり明確な形に見える。
その理由は、具体的な検証基準を2つ備えていることだ。
1点目は、自分が受け入れられないことは、他人にもやらせない(反転可能性)という基準。
2点目は、ダブルスタンダード(二重基準)は、許さないという基準。
例えば、天皇に職業選択の自由も認めず、言論の自由も認めず、「無私」を求めることは、 「反転可能性」の観点から否定される。
また、日本が実効支配している尖閣諸島の問題で、中国に対し、領土問題は存在しないと言いつつ、韓国が実効支配している竹島の問題では、韓国に対し、 領土問題は存在すると主張するのは、ダブルスタンダードであり、許されないという具合。
通常言われる「自由主義」という訳語より、「正義主義」と言ったほうが分かりやすい。
一方、漫画家の小林よしのり氏が語る「保守」は、なかなか捉えにくい。
二人は、天皇制、戦争責任、憲法9条について、それぞれ意見を交わしているが、井上氏と明確に違いが出てくるのは、「天皇制」の維持と昭和天皇の戦争責任いうところだけのような気がする。
どちらの点についても、 小林氏の天皇に対する愛情の深さと民主主義の権威としての期待の大きさが感じられるが、井上氏の「反転可能性」の理論でいくと、とてもお願いできる役割ではない、と感じてしまう。
それにしても、この本は、表紙から受ける印象と違ってかなり内容が深い。
なかんずく、議論が深まっているのは、井上氏の展開する議論の奥行きの深さであろう。
氏の読書量の豊富さもうかがい知れるが、本物の学者が交わす議論というのは、こんなにも面白いものだと改めて感じ入った。
なお、本書では、井上氏が考える憲法改正(案)も掲載されている(なんと、本書が初出らしい)。
9条を削除し、安全保障のため、軍隊を置くかどうかは国会の判断に委ね法律で定め、憲法では、軍事行動を制限する規定を置く。
氏の改正(案)では、徴兵制も盛り込まれている一方、良心的兵役拒否の権利も定められている(但し、代替的公役務の実施が必要)。
氏の改正(案)には、なかなか賛同できない部分があるが、 地方自治の条項で、外国軍隊を駐留させるには、設定される地方公共団体の住民投票で過半数の同意を取らなければならないと定めた改正案は、納得できた。
私としては、氏が次善と評した 専守防衛明記の九条改正+戦力統制憲法規定追加 が妥当な内容かと感じた。
それにしても、本書では、護憲派の早稲田大学の長谷部教授が、特定秘密保護法案の賛成派であったこと(この事実を報道したマスコミを私は知らない)や、同じく護憲派の東京大学の石川教授が井上氏を論拠を示さない形で批判していた事実が赤裸々に語られており、なかなか興味深かった。
井上氏の著書は、素人が読むには、非常に難解なものが多いが、こうして、議論形式で語られる内容は、実に平明達意だ。
今後も、このような形で、自身の考えを語ってほしい。
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