2022年9月11日日曜日

旅のネコと神社のクスノキ/黒田征太郎・池澤夏樹

池澤夏樹と黒田征太郎が、原爆で破壊されなかった広島の旧陸軍被服支廠(広島市南区)の建物をテーマに描いた絵本。

陸軍被服支廠とは、陸軍の軍服などを作る工場と、軍服・軍靴のほか、民間に委託して作らせたマント・下着類・手袋・靴下・背嚢・飯盒・水筒・布団・毛布・石鹸・鋏・小刀・軍人手帖なども集められ、保管されていた場所らしい。

こうして作られ、保管されていた着るものや小物類を見ると、戦争に行くにも、旅支度にも似た兵士たちの生活感が想像できる。

これらの物資は、すぐ南の宇品港に運ばれ、船に積まれて戦地に送られた。

陸軍被服支廠の四棟は、爆心からわずか2.7キロのところにありながら倒壊しなかった。分厚い鉄筋コンクリートと煉瓦のカベを持った頑丈な建物だったから倒れなかったというが、この絵本では、陸軍被服支廠から500メートルほど北にある標高70メートルの比治山が守ってくれたのではないかという仮説を書いている。

原爆が落とされた後、被災した多くの人たちがこの建物に収容された。
しかし、医薬品もなく、医師も看護師も足りない状況で、人々はそこで横になって苦しむうちに亡くなり、そのあと、ひとまず二階に運ばれ、後日、別の場所に埋められた。

被爆者の切明千枝子さんによると、怪我をした祖母を倉庫に入れた際、祖母が外へ出してくれと何度も訴えたと話していたという。

「もう息をするのもつらかったんでしょうね。死臭と糞尿と血の臭い。人間の皮膚が焼ける臭い。あれはどう表現していいか分かりません。原爆資料館はあれだけいろいろ資料を集めているけれど、あの臭いだけは取っておくわけにはいかなかったですね」

池澤夏樹の文章と黒田征太郎の絵は、地獄のような世界で花を咲かせる、葉をしげらせる草木に希望を見出す。

絵本だけれど、すごく重たい本だった。


0 件のコメント:

コメントを投稿