2021年11月7日日曜日

犬婿入り/多和田葉子

これは、またユニークな小説だ。

学習塾「キタムラ塾」を開いている北村みつこという独り者の三十九歳の女性の家に、ある日、太郎という若い男が住み込む。料理や掃除をきちんとする一方、みつこの首や肛門を吸ったり、舐めたり、昼も夜もみつこと交わったり、みつこの体臭を1時間も嗅ぎ続けたりと、人並みの男ではない。

その太郎は、折田という父兄のかつての部下で、良子という女と結婚して家庭を持っていた過去があり、良子の話では大勢の野犬に咬まれてから、その性格が一変し、ある日突然失踪したということを知る。

みつこは、一方で学習塾に通っていた扶希子という、子供たちからいじめられている女の子を可愛がるようになるが、その扶希子の父親と太郎がゲイバーのようなところで付き合っているという噂を聞く。

ある日、太郎と扶希子の父親が駅で旅行鞄を持って旅立つ場面を見た折田が、みつこにその事を告げようとするが、みつこの家には誰もおらず、「キタムラ塾」が閉鎖されたという貼り紙だけが残っていた。そして、その翌日、みつこから折田に、扶希子を連れて夜逃げしたという電報が届く...という物語だ。

物語は謎めいてはいるが(特にみつこが何者かは分からない)、太郎の存在は、「犬」に置き換えると、おおよそは理解できる。犬は突然飼い主の家からいなくなり、よその家で飼われていたということは、おかしな話ではない。

扶希子という愛情を注ぐ自分の「子供」を持ったみつこが、飼い犬に興味を失くし、犬も飼い主の愛情を得られず、再び家を出るという結末も納得できる。

しかし、私は、この物語について、汚いものや性の猥雑さに学習塾の子供たちが敏感に反応し、好奇心を抑えきれない様子が生き生きと描かれているところが面白いと思った。無意識に、太郎が犬であることを見抜き、興味津々で見守る子供たちの視線というものが、この物語を民話のようにからっと明るい雰囲気に仕立てているような印象を受ける。

なお、みつこが語っていた犬婿の話は、本当に昔話としてあるようだ(今昔物語や南総里見八犬伝など)。

0 件のコメント:

コメントを投稿