梨水という女性が、森林の奥深くにある「虎使い」の亀鏡という師がいる寄宿学校のようなところに行き、「子妹」という同窓生と共に、「虎の道」という書を読み、亀鏡との対話を通して学ぶ生活を描いている物語(主要な登場人物はすべて女性)なのだが、迷路に迷い込んだような錯覚を覚える。
まず、彼女たちが学んでいる「虎の道」という書の内容がよく分からない。その原典は全三百六十巻もあり到底読み通せる量ではなく、「一度読んだだけでは意味を表さない部分が多い」ので、通読しても意味がないものだという。粧娘という「子妹」は、書を読み進めていくうちに、書いてある内容にいくつも矛盾を見つけ、自分とは無縁のものであることを悟り、学舎を去る決心をする。
虎とは一体何なのかという疑問が読み終わっても残る。梨水は「虎」という「字霊」に取りつかれ、「幽密」(セックス)を行う場面が出てくるのだが、「虎」とは「字霊」あるいは「言霊」のようなものなのだろうか。
亀鏡が、師である自分の考えに同調しようとする「子妹」にはあまり関心を持たず、梨水に注意を払うのは、彼女が書を音読することで、その声の響きによって、時には内容も改変し、その言葉を自分の言葉に変えてしまい、言葉のパワーを解放する亀鏡とは全く違った能力を持つ存在だからかもしれない。
漢字が多用される本作は、中島敦の作品を彷彿させるが、彼が書いた「弟子」に登場する孔子と子路の模範的な師と弟子の姿はなく、亀鏡と梨水の関係は競争者の関係に近いかもしれない。そして、「字霊」といえば、中島敦も「文字禍」という作品も残しているが、本作品における「字霊」は女という生物から立ち昇ってくる霊気のようで、それだけに生々しい力強さを感じる。