春はあけぼの...ではじまる、あの「枕草子」の清少納言は、本名も生没年も不明だという。
分かっていることは、彼女は清原元輔という二級貴族の娘で、和歌が得意な父からその教養を授かった。十代で名門の貴族であった橘則光と結婚し、男の子を産んだが、ほどなく別れ、二十代半ばで三十近く年上の藤原棟世と再婚する。
やがて、関白 藤原道隆の娘で一条天皇の皇后となった中宮定子に仕えることになる。
父である藤原道隆が死に、関白職が藤原道長に移ると、中宮の一家は没落してゆくが、才気煥発であった中宮定子は一条天皇の寵愛を受け続け、女性としての魅力ひとつで、道長の権力と渉りあうことが出来た后だった。
清少納言は、そんな中宮定子に才気を見込まれ、同質の才能を有する主人を敬愛し、彼女の役に立つことに喜びを感じ、自らの教養と機知に富んだ当意即妙な応答で宮中の評判となる。
この新訳 「枕草子」が、一貫してポジティブな雰囲気に溢れているのは、彼女と中宮の才気と趣味の良さに対する絶対的な自信と、それが人々に感嘆されることへの喜びが基にあるからだろう。
中宮定子がわずか二十五歳で亡くなったことで、清少納言も、その後不遇になったようだ。
案外、彼女は、この幸福の記憶を懐かしく思い出し、書き留めながら、自分の現在を慰めていたのかもしれない。
そう思いながら、この新訳「枕草子」を読むと、今までとまったく違う清少納言のイメージが生まれてくる気がしませんか。
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