2015年1月25日日曜日

2015年の幕開け

内田樹さんのブログに掲載されていた「2015年の年頭予言」には、以下のような言葉が載っていた。
今年の日本はどうなるのか。 
「いいこと」はたぶん何も起こらない。
「悪いこと」はたくさん起こる。
だから、私たちが願うべきは、「悪いこと」がもたらす災禍を最少化することである。
その、あまりにペシミスティックな内容に、年初ばかりは少しでも明るい気持ちでいようと思っていた私は、かなり反発を覚えた。

しかし、悪い言葉というものは不思議に心に引っかかるものである。

今年1月7日に発生したフランスにおけるテロ事件。

風刺画を載せていたフランスの新聞社が襲われたことについて、言葉に対して暴力で報復することは絶対に許されるべきでないことは間違いない。

ただ、表現の自由には、いかなる表現も制限されることなく守られるべきだというフランスと、他者への配慮も必要ではないのかというイスラム社会の声を考えると、現下の政治情勢において、これは、ひと言で言いきれるほど、簡単な問題ではないという思いが過った。

1月11日、フランス史上最大と言われたデモ行進を見て、「わたしはシャルリー」と書かれた紙を、屈託なく掲げることができたかどうか、自分としては非常に心もとない思いがした。

そんな欧米諸国とイスラム社会に緊張が漂う中、まるで、真空状態にあった中東諸国 エジプト、ヨルダン、イスラエル、パレスチナを、1月16日から21日まで訪問した安倍首相は、いつもより、その存在感が浮き上がっているかのように見えた。

その安倍首相が1月18日に行ったスピーチにおける以下の声明が、今回のイスラム国による日本人を人質にとった身代金等の要求事件のトリガーを引いたことは間違いないだろう。
イラク、シリアの難民・避難民支援、トルコ、レバノンへの支援をするのは、ISILがもたらす脅威を少しでも食い止めるためです。地道な人材開発、インフラ整備を含め、ISILと闘う周辺各国に、総額で2億ドル程度、支援をお約束します。
(英訳された声明文では、人道支援目的というより、さらに「ISILと闘う各国のため、人材開発、インフラ整備を支援する」という部分がクリアになっている感じを受ける)http://www.mofa.go.jp/me_a/me1/eg/page24e_000067.html
I will pledge assistance of a total of about 200 million U.S. dollars for those countries contending with ISIL, to help build their human capacities, infrastructure, and so on.
しかも、報道によると、政府関係者は、すでに中東訪問前には、今回の日本人2名がイスラム国に拉致されていることを把握していたということだ。つまり、安倍首相の声明が、今回のような事件を誘発する危険性は事前に察知できていたはずなのだ。

(日本がイスラム国と敵対する国々に資金援助したのは人道支援目的なのだから、日本はイスラム国に敵対していないなどと、イスラム国が思うはずがない)

つくづく、何故この時期に安倍首相が中東を訪問したのかについて、疑問が残る。

日本のメディアは報道しないが、一つにはアメリカ政府から日本政府にプレッシャーがかかっていたということは予想できる。

「同盟関係にある日本は、アメリカが中東で展開しているISILに対する空爆、反テロ政策を支持するアクションを取れ。それは日本の利益にもなる。」

そんな圧力がアメリカ政府から日本政府に対してあったとしても不思議ではない。

しかし、日本人2名の拉致情報を把握していれば、1月当初に起こったテロ事件も踏まえると、二人の日本人の生命がかかった最悪の事態も予測し、訪問時期を延期するなど再検討することもできたのではないだろうか。

その「国民の生命の危険」と「アメリカの意向」を天秤にかけ、後者を優先し、イスラム国を刺激するような声明をあえて表明した日本政府の姿勢は、とても、「人命を最優先」にしたものとは思えない。

最悪のことを考えれば、今後、日本はイスラム国のターゲットとなり、フランスで起きたようなテロ事件も起こりうるかもしれない。

安倍政権が掲げる「積極的平和主義」の危うさが、年初早々に顕在化した事件であるが、さらに最悪のことを考えれば、安倍政権がこの事件を契機に、テロとの闘いを錦の御旗に、いよいよ、集団的自衛権の行使容認、憲法改正の着手実行の段階に移ってゆくことも予想される。

内田樹さんの予言が外れることを、心から願う。

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