2023年4月16日日曜日

街とその不確かな壁/村上春樹

読んでいて、切なくなる。
自分の大事なものを失った喪失感。村上春樹作品に一貫して流れる変わらないテーマ。

久々に深い井戸の底に降りてその世界観に浸ったような気持ちになった。

あとがきで、この作品の第一部は2020年コロナ禍の中で書かれたというコメントを読んで、確かにこの物語のように自分の意識の中の深い世界をさまよっていたような時期だったと思う。

しかし、第二部、第三部と物語が少しずつ外の世界との接触を求め、新しい方向へ動きはじめる。第一部の親密で完璧な内なる過去の記憶や思いを変えてゆきながら。それも切ない話だけれど。コロナ禍を少し脱した今、読むのにふさわしい物語だ。

個人的には「世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド」が大好きな作品だったため、その世界観が壊れるのではないかと心配したが、別のバージョンとしてしっかりと独自の物語ができあがっていると思う。

文中、ガルシア=マルケスの「コレラの時代の愛」の一節を主人公が好意を寄せている女性が読み上げる場面が印象的だった。

考えてみれば、この物語の主人公フロレンティーノ・アリーサは、数多くの女性と関係しながらも、初恋の人であるフェルミーナ・ダーサを想う心だけは失わずにいたという物語で重なる部分があるし、ガルシア=マルケスの作品の特徴として挙げられるマジック・リアリズムは、村上春樹作品で多く見られる非現実にも共通している。

…リアルと非リアルは基本的に隣り合って等価に存在していた

文中で語られる ガルシア=マルケスの小説の特徴は、村上春樹作品の特徴ともいえる。

そして、この作品はそのリアルと非リアルの世界を仕切る「壁」という越えられない定めのようなものを乗り越えようとする強い意思を持った主人公という点でも村上春樹作品に一貫して流れる変わらないテーマを強く感じた。

2023年1月2日月曜日

穴あきエフの初恋祭り/多和田葉子

 主人公が、プラハ帰りのナターシャ(那谷紗)と、キエフのアンドレイ(安堵零)坂のお祭りに参加する物語。

タイトルが、アナーキー…とも読めるが、魔女や不思議なお祭りが展開される。

しかし、今読むと現在の“キーウ”と重なるイメージが多く描かれているのが興味深い。

巨大なお化け屋敷に変貌した地域…

電気がとめられた建物で頑張っている人たち…

ナターシャが語ることば「…でも正直言ってわたしたちの町は特にひどい状況ある…この建物を取り壊そうとしている顔のない怪物たちに負けないように頑張っていくつもりです」

魔女が飛ばす気球灯籠も、ロシアへの政治的メッセージのようにも思える。

タイトルの「穴あき」…というのも、ロシアの攻撃で穴だらけのキーウの街並みをイメージさせる。

魔女の気球灯籠が世界中から飛んでいって、こんな馬鹿げた戦争は早く終わってほしい。



2022年12月25日日曜日

胡蝶、カリフォルニアに舞う/多和田葉子

久々に多和田葉子の小説を読んだ。

Iというアメリカに留学した学生が十年ぶりに日本に戻ってきて、就職試験を受けるという話なのだが、アメリカの大学時代に女の子のナンパの仕方から学んだいい加減な会話で、高校の同級生だった優子とのかみ合わないコミュニケーションの様子や、日本の電車の異質感(女性専用車両、中央線の駅名)や家電メーカー就職試験の様子が、明るいMonotoneの悪夢のように続いて、読んでいて楽しかった。
胡蝶の夢のような終わり方も面白い。

次の小説「文通」もある種の悪夢だ。
作家の陽太が同級会に行くときに頭痛がして、彼が付き合っている舟子が持っていた謎の置き薬を飲んで、ラリッてしまった状態で同級会で味わう数々の悪夢。
名前が思い出せない同級生たち、親戚の葬式でふとしたことから関係を持ってしまった従兄弟の浮子との追い詰められていくような文通の数々。
やがて、舟子や浮子との文通の存在も現実のものなのか、分からなくなってしまう。

どちらの作品も、妙に明るい雰囲気のカフカが書いた悪夢のような物語だ。