読んでいて、切なくなる。
自分の大事なものを失った喪失感。村上春樹作品に一貫して流れる変わらないテーマ。
久々に深い井戸の底に降りてその世界観に浸ったような気持ちになった。
あとがきで、この作品の第一部は2020年コロナ禍の中で書かれたというコメントを読んで、確かにこの物語のように自分の意識の中の深い世界をさまよっていたような時期だったと思う。
しかし、第二部、第三部と物語が少しずつ外の世界との接触を求め、新しい方向へ動きはじめる。第一部の親密で完璧な内なる過去の記憶や思いを変えてゆきながら。それも切ない話だけれど。コロナ禍を少し脱した今、読むのにふさわしい物語だ。
個人的には「世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド」が大好きな作品だったため、その世界観が壊れるのではないかと心配したが、別のバージョンとしてしっかりと独自の物語ができあがっていると思う。
文中、ガルシア=マルケスの「コレラの時代の愛」の一節を主人公が好意を寄せている女性が読み上げる場面が印象的だった。
考えてみれば、この物語の主人公フロレンティーノ・アリーサは、数多くの女性と関係しながらも、初恋の人であるフェルミーナ・ダーサを想う心だけは失わずにいたという物語で重なる部分があるし、ガルシア=マルケスの作品の特徴として挙げられるマジック・リアリズムは、村上春樹作品で多く見られる非現実にも共通している。
…リアルと非リアルは基本的に隣り合って等価に存在していた
文中で語られる ガルシア=マルケスの小説の特徴は、村上春樹作品の特徴ともいえる。
そして、この作品はそのリアルと非リアルの世界を仕切る「壁」という越えられない定めのようなものを乗り越えようとする強い意思を持った主人公という点でも村上春樹作品に一貫して流れる変わらないテーマを強く感じた。
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