2021年8月12日木曜日

雲をつかむ話/多和田葉子

題名通り、最初それはつかみどころのない、ばらばらな話なのかと思ってしまったが、全体を読み終わると焦点がしぼられるようにその知的な構成がぐっと前面に出てくるような、いかにも小説らしい小説を読んだという気分になる本だ。

12章から構成される中編小説なのだが、作者が出会った犯罪者の話が章ごとに書かれている。

1章…警察に追われ、姿を隠すために作者の家を訪問した殺人犯のフライムート青年の話

2章…作者の郵便ポストに投函された日本の文芸雑誌を盗んだ十歳の少年の話

3章…殺人未遂罪で牢屋に入っていたZという詩人の話

4章…作者が地方の文学祭に呼ばれた際に泊まったアルタースハイム(老人ホーム)を作った妻を殺した牧師(蟻が原因で犯罪が判明)の話

5章…小学校を中退し司法試験を目指していた(前科があり諦めた)マボロシさんという舞踏家の話

6章…独房に長く入れられ言葉が話せない中国人の亡命詩人の話

7章…無賃乗車を繰り返す青年オスワルドとその双子の青年ヴェルナーの話

8章…クリスマスに招待された知人の家で会った夫殺しの女性ベアトリーチェの話

9・10章…ベニータ(作者は紅田と呼ぶ)と、彼女の胸をナイフで刺した友人のマヤとの奇妙な関係の話

11章…作者は1~10章の犯罪者が搭乗している飛行機の中にいる(心象世界)

12章…作者の精神状態を気遣い、犯罪者とは会わないようにと忠言する女医の話(心象世界?)

1章ごとに読ませる内容になっている。
特に7~12章は面白くて一気に読んでしまった。

一貫して感じるのは、作者自身が移民であること、外国人であることの意識から生じる、ドイツの日常世界とは一歩距離を置いた慎重な姿勢と、その反動からなのか、犯罪者に無意識的に近づいてしまう隠された好奇心である。その意識的なブレーキのかけ方と無意識的なドライブ全開の感じの奇妙なギャップが作者の言動から浮かび上がってきて面白い。

ところが、12章で描かれる女医は、無意識の世界に登場する、その好奇心にブレーキをかけようとする存在だ。その自信に満ちた言動から、女医という存在は、作者がともすれば犯罪者と同じ道に転がりそうになる精神にブレーキをかける重要な役割を持っていることが分かる。

ミイラ取りがミイラになる、朱に染まれば赤くなる、を防ぐための基準。
そういった線引きをきちんと最後に示したこの作品は、タイトルの「雲をつかむ話」=「つかみどころのない話」とは、まるで違った様相を呈していることも興味深かった。

PS:個人的に面白かったのは、6章に出てくるキーワード「オクラホマ・シティ」と、それを「どこでもない場所の真ん中」と作者が言った場面だ。
前者はカフカの作品「アメリカ」(失踪者)で、主人公カールが採用された劇団(「オクラホマ劇場」)のことだが、「どこでもない場所の真ん中」とは、村上春樹の「ノルウェイの森」で、僕が最後に緑に言った言葉ではないか。




0 件のコメント:

コメントを投稿