2020年11月1日日曜日

ジャンヌ・ダルク  超異端の聖女/竹宮節子

「 レベレーション(啓示)」の最終話を読んで、山岸凉子が推薦している本書を読んでみたのだが、非常に面白かった。

ジャンヌ・ダルクという規格外の存在が誕生した土壌が暗黒のイメージがある中世のフランスにあったことが、まず意外であった。

修道女マルグリット・ポレート(自説を貫きジャンヌ同様火刑にされた)、シエナの聖女カタリナ(ジャンヌ同様処女を貫き、イエスの声を聞くなどの神秘体験を有する)といった聖女の系譜。

さらには、百年戦争の戦場でジャンヌ・ダルク以外の女性戦士が他にもいたことにも驚く。
百年戦争の初期に現れた同じ名前のジャンヌ・ド・ベルヴィルは、夫がスパイ行為を疑われ、フランス王に殺害されたことへの復讐のため、傭兵を雇い軍を組織し、フランス王派の諸侯の城砦を攻め、果ては海賊にまでなった。

こういった中世の影で実は息づいていた女性たちのパワーが、ジャンヌ・ダルクの聖女性・神秘性を高め、背中を押したことは間違いないだろう。

しかし、ジャンヌ・ダルクの際立った特異性は、彼女が聞いた「声」の内容が抽象的・精神的なものにとどまらず、具体的・実践的(政治的)なものだったことで、「戦士として国王軍を率いてイギリス軍を駆逐せよ」という、まるで一国の将軍が責任を負うかのような啓示が彼女に与えられ、しかもそれを自らが戦士となって本当に実現してしまったことだ。

農家の娘に何故そんなことができたのかということを考えると、いくら彼女自身が聡明で運動神経が優れていたとしても、神の力(運と言ってもいいかもしれない)がないと到底そんなことは実現できないと思ってしまう。

加えて、彼女が一貫して男装をしたことが、一緒に戦っていた戦友の男たちからも女性として見られず、捕らえられた後の牢番からも身を守ることにもつながったという点も興味深い。
今の感覚でいえば、男装は単なる外見だけで中身は女性のままであるという認識が普通だと思うが、この時代は男装が単なる宗教上の異端にとどまらず、「男への変身」と捉えられていた。彼女に関わった女性たちから支持を受ける要因になったという点も面白い。

また、「 レベレーション(啓示)」では、あまり詳細に取り上げられなかったが、ジャンヌ・ダルクの戦友であった貴族ジル・ド・レが、男装の彼女に同性愛的な感覚を触発され、ジャンヌの処刑後、幼児誘拐・虐殺の殺人鬼になってしまったことも、ある意味、男装したジャンヌの影響力を感じさせる。

ジャンヌ・ダルクは、処刑の二十五年後に復権され、二十世紀にはローマ教会から福女というタイトルを得て、さらにカトリックの聖女として正式に認定される。

そんなジャンヌの世代を超越するパワーをナショナリズムと結びつけ、これを利用している極右団体の状況もあるようだが、最後に作者が書いていた以下の考えに深く共感を覚えた。

私たちも人生の途上で、いわれのない攻撃に出会ったり、災害や事故に遭遇したり、病や死の痛みや苦しみを味わったりすることがある。ジャンヌ・ダルクの生と死は、実存的な危機を前にした時にどうふるまえばいいのかを私たちに示唆してくれる。知的な健全さと謙虚さを持って、現実には対処できない危機を、超越的な別の視座から見直して「受容」することで開ける地平がある。それは健全な心が謙虚の中で深まって到達する一種の「突破」なのかもしれない。

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