2024年3月10日日曜日

若菜 上/源氏物語 中 角田光代 訳/日本文学全集 5

「若菜 上」は、前の帝であった朱雀院(光君の異母兄)と藤壺の宮(光君の父 桐壺院の後妻、光君と関係があり、冷泉帝が生まれる)の異母妹である藤壺女御との間に生まれた姫 女三宮が、光君に降嫁するという話が描かれている。

女三宮は、まだ十三歳という若さ。一方、光君は四十歳という年の差である。
朱雀院が自身の体調と出家を考えて、有力な権力者の下で養育させたいと考えていたとしても、バランスの悪さを感じる。

女三宮を狙っていたのは、太政大臣の息子 柏木もいたし、光君の息子の夕霧もいたのだから、朱雀院の依頼とはいえ、断る余地はあった。光君が降嫁を受け入れたのは、藤壺の宮の姪という関心というか、女好きの欲が働いたとしか思えない。

女三宮を受け入れたことで、紫の上の心境にも変化が起きる。今まで光君は数多くの女性と関係を持ち、六条院にも複数の姫が住んでいる実態はあるが、皇女という身分の高い姫を受け入れるのは初めて。

光君の正妻的な立場であった紫の上の立場を脅かす存在。紫の上は、自分が世間からみじめに見られてしまうような存在になることを恐れるが、気丈にも今まで通り大らかな女主人の態度を装う。

紫の上の立場とは裏腹に、明石の御方は、光君との男女の関係もあったが、入内し、皇子を宿した明石の姫君の母親という安定的な立場を得て、自分の宿縁はまったく大したものだと感じいる場面と対照的だ。

紫式部は、そういった女性の幸運・不運を、宮廷の中で目撃していたに違いなく、この時代の女性の運命の不安定さがよく描かれている。

しかし、紫の上とほとんど相思相愛でありながら、この「若菜 上」では、女三宮だけでなく、 尚侍の君(朧月夜)と再度逢瀬を交わし、それを悪気なさそうに紫の上に話すあたりは、全盛期の光君そのものだが、光君の愛情だけが頼りの紫の上の不安が限界を迎えつつある。

若く美しく大胆な決断力と行動力にめぐまれた光君。
しかし、時間という流れの中で、人は同じところにとどまることは許されず、変わらなければならない。

過ぎたる欲望が、周りの人々を苦しめ、やがてそれが自分に返ってくる。
光君に因果応報の足音がせまりつつある。
 

2024年3月3日日曜日

ETV特集 膨張と忘却~理の人が見た原子力政策~

番組では、1990年代から20年にわたり、日本の原子力政策にかかわってきた吉岡 斉(ひとし)氏の主張であった「熟議」や「利害を超えて議論を尽くすこと」が、国や政治家、電力会社の利益関係者によって、蔑ろにされ続け、原子力政策推進という結果ありきの決定を行い続け、3.11の福島第一原発事故を止められる可能性をも潰していた事実が、「吉岡文書」といわれる日本の原子力政策の内幕を記した未公開資料等によって明らかにされていく。

「吉岡文書」は、九州大学の文書館に保管されているが、吉岡氏が携わった原子力委員会の内部資料や、議論の経過を示したメモ、政策決定にたすざわった関係者の名刺やメールのデータ、手帳など、数万点に及ぶという。

アメリカではこういった議論のプロセスを記録した文書が国によってしっかり保管されているが、日本では都合が悪い事実が書いてある資料は、国や政治家によって何らかの理由をつけて廃棄してしまっているので、貴重な資料といっていいだろう。

「吉岡文書」の中で、特に詳細な資料が残っていたのは、1997年に開かれた国の「高速増殖炉懇談会」で、焦点となっていたのは、およそ6000億円をかけて建設された高速増殖炉「もんじゅ」の研究開発を続けるか否かという点だった。

吉岡氏は「もんじゅ」の経済合理性を問題視し、開発が30年たっても実用化のめどが立たず、いつ実現するのか、どれだけの費用が必要なのか、明確にすべきであると主張した。

しかし、「もんじゅ」は現段階で中止すべきでないという意見が大半であったという。
また、事務局(科学技術庁)からは、批判を受けている動燃を新たな法人へ変える法案の国会への提出準備を進めるため、その国会審議が始まる前に、懇談会として「新法人ありき」の報告書をまとめようという強引なスケジュールを提案する。

吉岡氏は複数の選択肢を出して比較し、総合的に評価すべきであると主張したが、その意見は無視され、「もんじゅ」の実現の具体的時期も示されないまま、「もんじゅ」の研究開発費は必要という結論の報告書がまとめられた。

結局、国費は1兆円以上使われ続け、2016年に「もんじゅ」の廃炉が決定された。

吉岡氏の理念に共感した経産省の若手官僚もいた。

「19兆円の請求書」という内部告発文書を作成し、トラブルが続く青森県六ケ所村の再処理施設でウランを使った試験を進めようとすることについて、欧米諸国が核燃料サイクルから相次いで撤退している現状を踏まえ、その実現性について国民的議論が必要とし、実現のためには廃棄物処分など国民負担は総額19兆円まで膨らむと警告していた。

そういった中で原子力委員会「長期計画策定会議」が開かれ、吉岡氏も委員となる。

この会議では、再処理施設を継続する場合、廃止し、直接処分する場合におけるコスト比較など、複数の選択肢が示され、吉岡氏が望んでいた総合評価を行うかのように当初は見えていた。しかし、事務局から、直接処分する場合のコストには追加で、政策変更に伴うコストとして、地元の青森県に対する補償など、新たな費用が掛かり、再処理施設を継続する場合のコストを上回るかもしれないという考えが示される。これを契機に、委員からは再処理施設を継続したほうが良いとの意見が多く出される。

これに対して、吉岡氏は、政策変更コストは、再処理を有利に見せるための恣意的な評価を重ねていると批判し、議論の継続を求めた。
しかし、長計会議はその2か月後に「原子力政策大綱」をまとめてしまう。

この決定にあたり、NHKが得た内部文書によると、実は国と電力会社の間で事前に内部調整が繰り返されていたことが分かったという。しかも、長計会議実施の1年前から続いていた。

その内部調整の結果、長計会議実施の2か月前には、「長計会議で選択肢の検討はするものの、その結果は「再処理工場の稼働については容認する」というシナリオはすでに決められていた。また、「勉強会」と称された秘密会合も開かれ、再処理推進に向けての議論が進められていたが主催者はなんと長計会議の近藤座長だったという。

この近藤座長のインタビュー映像も番組では流されていたが、事前の調整会議をやるのは何をするにしても必要と述べたうえで、

僕は、プロセスはあんまり気にしないけども、結果としてそれが議論の俎上に乗ることが大事」と、プロセス軽視、議論軽視の本音がにじんだ発言をしている。

当時の長計会議の委員が、この内部資料を見て「茶番劇に付き合わされていた」と怒りをあらわにしていた。

内部告発文書を作成した経産省の若手官僚も異動を通知され、有力政治家からこう言われたという。

君らが言っていることは全部正しいが、これは神話なんだ
嘘は承知で出来る出来ると言っていればいい
薄く広く電力料金にのっければ、19兆円なんかすぐに生み出せる
結局、国民よりも自分たちの飯の種と立場を優先させているんですよ
「金」と「嘘」と「おまんま」がグチャグチャになって固まっているんです

日本の重要な政策決定会議における意思決定プロセスが、近藤座長のいう通常ルーティーンだとすると、目の前が暗くなるような思いだ。

結局、継続が決定した青森県六ケ所村の再処理工場は、完成がこれまでに26回延期され、国民が電気料金を通じて支払った関連費用は7兆円を超えたという。

2006年 日本は原子力立国計画を発表。原子力産業を国家戦力と位置づけ、国が国際展開を支援することを述べていた。

しかし、2007年に新潟県中越沖地震が発生し、東京電力の柏崎刈羽原発の4つの原子炉が緊急停止。6号機の使用済み核燃料プールの水があふれ、7号機から放射性物質が漏れた事故が発生した。

吉岡氏も委員として現場に入り、以下の意見を述べた。
「大規模原子力災害が現実的な脅威になっている以上、具体的指針を作るべきだ」

もし、この段階で全国の原子力発電所を停止したうえで、「これは起きないだろう」「ここまではやらなくていいだろう」いう過信を捨てて、事故対策を進めることができていれば。

2011.3.11の原発事故後以降、吉岡氏は、それまで距離をとっていた市民運動にかかわっていくようになったという。
番組では、腫瘍に侵され病室にいながらも、被災者に思いを向け、被災者や被災した事実が忘れられていく、忘れ去られていくことを懸念していた吉岡氏は「理の人」ではなく、全くの「情の人」であると病院関係者の方のコメントが流れていたが、2018年に亡くなられたのは本当に残念な話だ。

今年は日本で原子力の利用が始まって70年という節目だという。
日本政府は昨年、原子力政策を大転換し、原発再稼働の加速、新増設に踏み込んだ新たな方針を閣議決定した。

これに呼応するように国民の原発廃止を求める声は、昨年発表された調査で、初めて半数を割ったと(これは知りませんでした)。今、12基の原発が再稼働しているという。

吉岡氏の「利害を超えて、議論を尽くす」という言葉は、原子力政策にとどまらず、ちゃんと議論をする必要があるときに、議論のプロセスをすっ飛ばし、明らかな問題を放置しているという今の日本の政治社会の問題の本質をほとんど言い当てているように思える。

ETV特集 膨張と忘却 ~理の人が見た原子力政策~ - NHKプラス

2024年3月2日土曜日

梅枝・藤裏葉/源氏物語 中 角田光代 訳/日本文学全集 5

梅枝は、須磨に都落ちした光君が、その時に結ばれた明石の君(この時には明石の御方)との間にできた娘 明石の姫君を東宮妃として入内させるため、裳着の儀の準備をする六条院の様子が描かれている。

明石の姫君に持たせる香壺に入れる薫物(たきもの…調合した香)を、六条院の女君である朝顔、紫の上、花散里、明石の御方と、父親である光君がそれぞれ調合して作り、その香りのよさの優劣を競い合っている。

明石の御方は、離れて暮らす娘への思いが届くよう、「百歩の方」という百歩先でも香りが届くという香りを選ぶ。

しかし、そういう母親の思いを分かっていながら、光君は、裳着の儀に明石の御方は参加させない(紫の上が法的な立場での母)。

明石の姫君入内の順番を左大臣の立場も考え譲る老成した光君の姿も見られる。

ひらがなの書いた文字の美しさを批評するにあたり、自分の関係した女性を挙げ、次々と批評していく光君の鋼のような精神の強さも健在である(恋の思いを伝える和歌に不可欠なひらがなの字も相手を選ぶ基準の一つだったんですね)。

藤裏葉は、その明石の姫君が東宮に入内する。その際、紫の上が、明石の御方が娘の付き添いになるよう提案し、母子が共に暮らせるようにしたことは、彼女の人柄の良さがわかるエピソードだ。

光君は翌年四十歳になる。冷泉帝(実は光君の息子)は、光君をおもんばかり、彼に上皇に準じる地位を授与する。

そして、この話では、光君と異なり、いまひとつぱっとしない息子の夕霧がようやく自分が思いを寄せていた内大臣の娘と結婚する。夕霧の身分も中将から中納言へ格が上がる。

六条院に行幸した冷泉帝。彼とそっくりな光君が琴を演奏する。そして同じ場で笛の役を務める中納言の夕霧も、これまたそっくり。

光君の血縁で固められた高貴な血筋。

物語はこの後、光源氏の栄耀栄華の頂点となる「若菜」を迎える。