この作品は、晩年の鴎外の作品としては、異質な印象を受ける。
歴史小説ではあるが、タイトルにもなっているこの物語の主人公「魚玄機」は痴情に絡んで、自らの婢を殺しているからだ。
しかも、魚玄機は色町に生まれた美少女でありながら詩の天才で、同じく詩の天才であった温氏にも認められていた。
その彼女が、李という財産家に見初められ妾になるが、性的不能だった。
その彼女が離縁後、女道士となり、道教の修行中、中気真術により、女に目覚める。
そして、自分より年若い女道士とも関係を持ち、やがて楽士である陳という若者と恋愛関係に落ちる。
しかし、陳が自分の婢(侍女)である緑翹が陳と浮気しているのではないかという猜疑心に囚われ、彼女を絞め殺してしまう。
そして犯行が露見してしまい、魚玄機は死刑に処せられてしまう、という物語だ。
有能な詩人であったのに性欲に囚われ、人生を誤ってしまった女性の悲劇を描いている物語のように思える一方、物語は彼女と同じ詩才があった温氏の人生にも触れているところも面白い。
温氏は詩の才はありながらも、ずけずけとした物言いが災いして出世からは遠ざけられてしまっている。魚玄機が刑に処せられた時には地方の官吏に飛ばされてしまっていた。
共に芸術の才がありながらも、その能力を十分に発揮できないまま、人生を終えてしまった二人。
晩年の鴎外は案外二人の生き方に自分を重ねたような気持になっていたのかもしれない。