彼女の文章は、読んでいて心地よい。
それは、アントニオ・タブッキの翻訳を読むときと同じように、彼女が1960年代に暮らしていたイタリア ミラノのコルシア書店(コルシア・デイ・セルヴィ書店)の仲間たちの話を読むときにも感じてしまう。
面白いと思うのは、このコルシア書店は、明らかに宗教的・政治的思想を持った人々を支援することを目的に作られた本屋なのだが、この文章から力強く伝わってくるのは、その理念そのものではなく、そこに集まる一癖も二癖もある人々の温かみのある人間関係、ある種の幸福感のようなものだということだ。
それは、彼女がその時の生活で感じていた雰囲気だったのだろう。
実際、彼女は仲間たちにとても大事な存在として扱われていたように感じる。
そういう雰囲気を、時代を超えて、第三者に文章で共感させるのは、結構、難しいことだと思うのだが、彼女の文章は、力みもなく、そういうことが出来てしまっている。
彼女がかつて暮らしていた仲間たちが、ひどく身近な存在であるかのように感じてしまうのも、そのせいだろう。
決して楽しいばかりの出来事ではないが、読んでいて、どこか明るい雰囲気を感じるのは、南欧の個性的で鷹揚な人々のパーソナリティだけではなく、彼らを見つめ続けていた須賀敦子の心持ちが反映されているからだと思う。