2018年4月8日日曜日

マルスの歌/石川 淳

須賀敦子が、石川 淳の初期の短編「マルスの歌」を気に入っていたというので、読んでみた。

これは、やはり、戦争前の奇妙な高揚感が漂う日本の社会の空気感を描いた小説なのだと思う。

文中、度々、現れる「マルスの歌」が、根拠のない高揚感に浮かれた人々の雰囲気とともに、主人公の意識を圧迫し続けている。

主人公の従姉妹、姉の冬子と妹の帯子の存在も対照的だ。

冬子は、息苦しい社会から意図的に隔絶した遊戯の世界に閉じこもり、その遊戯の中で自殺してしまう女性であり、帯子は、おそらくは姉の死の意味を理解しつつも、「マルスの歌」の高揚感に積極的に身を任せようとする。

そして、「マルスの歌」で沸き立つ人々の中で、やはり、作者と思われる主人公は、背を向けざるを得ない。

...『マルスの歌』に声を合わせるのが正気の沙汰なのだろう。わたしの正気とは狂気のことであったのか。

自分の正気が狂気のように思えてしまう時代。
いつも堂々と颯爽とした文章を書く石川淳には珍しく、しかし、妙に生々しくその苛々な感情は伝わってくる。

なお、この作品は、南京事件直後の時期に、その反軍国主義思想のせいで発禁処分となった。


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